平成 26年 (行ケ) 10170号等 審決取消請求事件(平成27年5月13日知的財産高等裁判所)
事案の概要と争点
本件は,被告が商標権者である5件の商標について、原告が法53条の取消審判請求をしたところ特許庁がいずれについても審判請求は成り立たないとの審決をしたことから、原告が各審決の取消しを求めた事案である。本件の争点は、①本件商標の使用権者であるチヨダが他人(原告)の業務に係る商品と混同を生ずる商標の使用をしたといえるかどうか、②本件商標の商標権者である被告がその事実を知らなかった場合において相当の注意をしていたといえるかどうかであったが、今回は①のみ取り上げる。
判決内容とコメント
今回の事件では、元々一つの商標権が外国の会社に帰属しており、指定商品のうちのサンダル部分が被告に、サンダル以外の履物(サンダルと商品は類似)が原告に帰属している状況となり、被告の使用権者が、原告商品に似た商品(サンダルでありながら靴に近いもの、その他商標の表示位置なども似ている)を販売したことで原告商品との間で混同が生じているとして、原告が53条に基づいて取消を請求したものです。すなわち、商標法53条では、使用権者による専用権及び禁止権の範囲の使用により、他人の業務に係る商品と混同を生じるものをしたとき、取消審判請求できると規定されているところ、今回のケースでは、それぞれが保有する商標権は元々同一であったこともあり、商標の同一類似性、商品の類似性が明らかな事案であり、使用権者の使用が「混同を生じるものをしたとき」に該当するかが問題となりました。判決では、まず法53条の趣旨については、
同規定の趣旨は,専用使用権者又は通常使用権者といえども,登録商標の正当使用義務に違反して登録商標を使用した結果,他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるものをしたときは,そのような行為は,当該他人の権利を侵害し,一般公衆の利益を害するばかりでなく,商標権者の監督義務に違反するものであるから,何人もその商標登録を審判により取り消し得ることとしたものである。
と従来から言われている説(一般公衆利益の保護、商標権者の監督義務違反の制裁)を述べました。その上で、分割された同一の商標に係る二以上の商標権が別々の商標権者に帰属する場合の出所混同防止規定である52条の2と今回の使用権者の不正使用(53条)の関係について言及しました。
ところで,現行の商標法は,指定商品又は指定役務ごとに商標権の分割及び移転を認めており(法24条1項,24条の2第1項),分割に係る商標権の指定商品又は指定役務が,当該指定商品又は指定役務以外の他の指定商品又は指定役務と類似している場合であっても,商標権の分割・移転を制限していない。したがって,同一の商標について,類似する商品・役務を指定商品・役務とする商標権に分割され,それぞれが異なる商標権者に帰属することもあり得る。法52条の2は,このような商標権の分割・移転の場合において,商標権者について,「不正競争の目的で」他の商標権者,使用権者等の商品又は役務と混同を生ずるものをしたときは,何人もこのような商標登録の取消しの審判を請求することができる旨を定めたものである。そして,このような商標権の分割移転の場合における使用権者による使用については,従来から存在している法53条1項の規定の適用に委ねられている。したがって,法53条1項は,このような商標権の分割・移転に係る商標の使用についても適用され得るが,このような場合には,各商標がもともと同一であるため,商標の同一性又は類似性及び商品・役務の類似性のみに起因して,一方の登録商標の使用によって,他方の商標権者と業務上の混同が生じる場合も予想される。しかし,商標法がこのような同一商標の類似商品・役務間での商標権の分割及び別々の商標権者への移転を許容するものである以上,使用された商標と他人の商標の同一性又は類似性及び商標に係る商品・役務の類似性のみをもって,法53条1項の「混同を生ずるものをした」に該当すると解することは相当ではない。また,このように解すると,類似関係にある商品・役務について分割された商標権の譲渡を別々に受け,それぞれの登録商標又はその類似商標を別々の使用権者に使用させた各商標権者は,法53条1項に基づき当然に相互に相手方の有する商標登録の取消しを請求することができることとなり,不当である(立法としては,上記のような商標権の分割・移転に関する法52条の2を法53条の特則としても位置づけ,商標権者だけでなく,使用権者にも,「不正競争の目的」を要求した方がより明確であったと解されるが,現行法の解釈としても,できる限り,これと同様の結果となるように解釈すべきである。
と述べました。本件では分割された同一の商標に係る二以上の商標権が別々の商標権者に帰属した状態で使用権者の不正使用という点が争われたため、上記のように53条を検討するに際して、52条の2の存在を考慮すべきであり、使用された商標と他人の商標の同一性又は類似性及び商標に係る商品・役務の類似性のみをもって法53条1項の「混同を生ずるものをした」に該当すると解することは相当でないと述べています。要するに、商標商品の類似範囲が、出所混同範囲と擬制されることが多い商標法(たとえば4条1項11号)において、商標商品類似だけで、「混同」と決めつけてはいけないと判示しました。その上でさらに、
以上によれば,分割された同一の商標に係る二以上の商標権が別々の商標権者に帰属する場合に,一方の専用使用権者又は通常使用権者が,法53条1項における,「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるものをしたとき」に該当するというためには,法52条の2の規定の趣旨を類推し,使用商標と他人の商標の同一性又は類似性及び使用商品・役務と他人の業務に係る商品・役務の類似性をいうだけでは足りず,専用使用権者又は通常使用権者が,登録商標又はその類似商標の具体的な使用態様において,他人の商標との商標自体の同一性又は類似性及び指定商品・役務自体の類似性により通常生じ得る混同の範囲を超えて,社会通念上,登録商標の正当使用義務に反する行為と評価されるような態様,すなわち,不正競争の目的で他の商標権者等の業務に係る商品ないし役務と混同を生じさせる行為と評価されるような態様により,客観的に,他人の業務に係る商品・役務と具体的な混同のおそれを生じさせるものをしたことを要するというべきである。
と53条の使用権者による不正使用の場合でも、52条の2と同様の利益状況にあるような場合には、52条の2と同様に不正競争目的という要件を加重しました。本件では、この後事実認定により、上記に該当するとして取消となっております。条文に記載のない要件です。なお、他人の業務に関して、商標が誰に帰属しているのかという点の需要者の認識についても以下のとおり述べています。
・・・,法53条1項が適用されるためには,取引者及び需要者は, 「他人の業務」に係る商標が特定の権利者に帰属していることまで認識している必要はないところ,上記のようなブランドイメージを有する取引者及び需要者の,我が国において販売されるブランドに係る商品の出所についての一般的な認識も,特段の事情がない限り, 「同商品の当該ブランドに係る商標について,我が国において適法に権利を有する者」の業務に係る商品であると認識するものと理解するのが合理的である。そして,商標法は,商標権の効力を登録商標権者に対して認めているのであるから,同法上,登録商標について保護されるべき出所は,我が国における当該登録商標についての登録商標権者であり,国際的に周知著名な商標であっても,同商標について我が国において保護されるべき出所は,同商標に係る商標権を適法に日本で有する者である。したがって,国際的に周知著名な商標についての登録商標権を我が国の商標権者が適法に取得したような事案における法53条1項の適用については,他「人の業務に係る商品」との「混同」が生じうるかが問題となるべき主体(他人)は,当該商標についての登録商標権者であるというべきである。
すなわち、他人の業務の帰属主体については、特段の事情がない限り、我が国の商標権者であると述べ、国際的に周知著名商標であっても、我が国において保護される出所は、商標権者であると述べています。帰属主体の問題は、商標の紛争においてよく争われ、色々な場面で登場します。