平成 27年 (ワ) 第11616号 商標権侵害行為差止等請求事件(平成28年2月28日東京地方裁判所)

事案の概要と争点

 本件は、「皇朝」などからなる商標権を有する原告が、「皇朝」の文字を含むロゴを店舗やネット上で使用し、また「皇朝小龍包」からなるメニューを表示して小龍包を店舗で提供していた被告に対して、商標権侵害を理由に差止、損害賠償を求めた事案です。

判決内容とコメント

 原告商標「皇朝」と被告の使用していた「皇朝」の文字を含むロゴが類似するか否かについて等、結合商標の類否に関する争いもあったのですが、この点については両表示が非類似であり非侵害ということになりました(今回は取り上げません。)。他方で「皇朝小龍包」からなるメニュー表示は原告商標権を侵害すると判断され、この点に関する損害論が展開され、商標法38条3項に関する主張が争われましたので今回はこの点を取り上げます。38条3項に関するものとしては、最高裁平成6年(オ)第1102号の小僧寿し事件において、38条3項の主張に対して損害不発生の抗弁が認められたのが有名です。今回も原告は38条3項に基づいて損害発生を主張立証したところ、被告が損害不発生の抗弁を主張し、その主張が認められました。裁判所は、上記最高裁判例を引用して、

 商標権は,商標の出所識別機能を通じて商標権者の業務上の信用を保護するとともに,商品の流通秩序を維持することにより一般需要者の保護を図ることにその本質があり,特許権や実用新案権等のようにそれ自体が財産的価値を有するものではないから,登録商標に類似する標章を第三者がその製造販売する商品につき商標として使用した場合であっても,当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず,登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは,得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきであって,商標権の侵害者は,損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して,損害賠償の責めを免れることができる。この理は,法38条3項は不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する趣旨の規定であって,損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは,不法行為法の基本的枠組みを超えるものであり,同条3項の解釈として採り得ないことによる(最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。

と商標の特質(特許等との違い)を述べた上、使用料相当額の損害が発生しない場合があるとしました。そして、裁判所は、原告商標「皇朝」の識別力の強さ、被告の店舗やネットにおける使用態様、原告の店舗やネットにおける使用態様を詳細に事実認定した上、メニューに表示されている「皇朝小龍包」は、被告店舗のメニューである小龍包を意味するものであり、原告との出所混同は生じず、損害は発生しないと判断しました。判決を具体的にみると、

 ・・,前提として,「皇朝」が「我が国の朝廷」との意味を有する普通名詞であることからすると,これを商品名である「小籠包」に付したとしても,もとよりその「皇朝」の部分の自他識別力は極めて弱いものというべきである。 

と商標自体が元々有する識別力の弱さを指摘した上、

 ・・,被告店舗における「皇朝小籠包」の表示の使用方法は,被告店内におけるメニューに「皇朝小龍包」と表示するものであるところ,被告店舗は,シンガポール発の小籠包専門店と宣伝されているとおり,小籠包をメニューの中心に据えた料理店であること,その他被告店舗の外観や,店内のメニュー等の記載内容からすれば,被告店舗内の小籠包のメニュー表示に「皇朝」との表記をしても,それは被告店舗のメニューである小籠包を意味することは明らかであるから,被告店舗において供される「皇朝小籠包」につき,原告との出所の誤認を招来するものとは認められない。

等と被告の使用態様を認定し、さらに被告における他の標章の使用状況に鑑みれば、「皇朝小籠包」は、本来「乐天皇朝小籠包」と表記すべきところをその一部を省略した表記であり、被告店舗内で使用される限り,需要者である顧客は「皇朝小籠包」との表示はあくまで被告店舗である「乐天皇朝」の「小籠包」の意味で使用されていると認識するにすぎないものとし、さらに、被告の使用において原告との関連を伺わせる表示等も証拠上も認められないとしました。他方で、原告の使用態様については、

一方,原告は,・・・「皇朝」本店の名称を「明朝」と変更しているほか,・・・原告は「横浜中華街」ないし「中国料理世界チャンピオン」との表示と共に「皇朝」の文字を使用する場合が多く,原告を紹介するウェブサイトの記載もこれら「横浜中華街」ないし「中国料理世界チャンピオン」を強調するものとなっている。

とし、原告が「皇朝」の商標を単独で十分に使用していないと判断した上、最終的に、

 以上からすると,被告店舗において用いられた「皇朝小籠包」とのメニュー表示のうち,「皇朝」の部分そのものには顧客吸引力が認められず,「皇朝小籠包」との記載が被告店舗内で使用されている限り,当該標章の使用が被告店舗における売上げに全く寄与していないことは明らかであり,その使用によって原告に損害が発生しているものとは認められない。そうすると,原告は,被告に対し,法38条3項に基づく実施料相当額の損害を請求することができないというべきである。

として損害不発生の抗弁を認めました。但し、あくまで被告の今回の使用態様(メニュー表示で、かつ、それが店内でしか表示されていなかった)では損害が発生していないと述べただけであり、メニュー表示における使用では常に損害が発生しないと述べたものではありません。なお、原告は、被告店舗の客の大半は「皇朝小籠包」が話題であるとの情報に接して被告店舗を訪れることを決めるから、売上に貢献しており原告に損害が発生していると述べていたのですが、この点について裁判所は

仮に被告店舗の客の大半が「皇朝小籠包」が話題であるとの情報に接して被告店舗を訪れることを決めるとしても,顧客はあくまで被告店舗の人気メニューである小籠包を意味する表記として「皇朝小籠包」をとらえているにすぎないから,それは原告各商標が被告の売上げに貢献していることを意味しないというべきである。

と述べ、原告主張を排斥しました。「皇朝」というブランドによる吸引力で売上貢献ではなく、被告が提供する商品小龍包自体が有する吸引力で売上に貢献していると言いたいのだと思います。メニュー表示に関する商標権侵害の損害の考え方の参考になる裁判例です。控訴される可能性が高い事案かと思われます。