平成 6年 (オ) 第1102号 商標権侵害禁止等請求上告事件(平成9年3月11日最高裁判所第三小法廷)
事案の概要と争点
この最高裁判決は、本件商標「小僧」に対して、「小僧寿し」「KOZOSUSHI」「KOZOSUSI」「KOZO ZUSHI」「KOZO」等の標章が類似するか否かについて問題となった事案ですが、併せて商標法が規定する使用料相当額の損害が請求し得るのかが問題となった事案です。今回は主に損害額の部分の判示事項についてです。
判決内容とコメント
まず、本件商標「小僧」と被上告人使用標章である「小僧寿し」等との類否については、小僧寿しチェーンが外食産業において著名となっていたことを理由に「小僧寿し」「KOZOSUSHI」「KOZOSUSI」「KOZO ZUSHI」の各標章は全体が不可分一体のものであり、各標章からは「コゾウズシ」や「コゾウスシ」の称呼を生じ、小僧寿しチェーンやその商品を観念させるものとなっていたとし、標章全体としてのみ称呼、観念が生じ「小僧」又は「KOZO」の部分から出所の識別標識としての称呼、観念が生ずるとはいえないとしました。
その上で、本件商標と被上告人標章とを対比し、外観及び称呼において一部共通する部分があるものの、被上告人標章中の「小僧」(KOZO)部分は独立して出所の識別標識とならず、上告人標章から観念されるものが著名な企業グループである小僧寿しチェーン又はその製造販売に係る本件商品であって、右は商品の出所そのものを指し示すものであり、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれがあるとは認められないとし非類似と判断しました。もっとも、被上告人使用商標「KOZO」については、本件商標「小僧」と類似するとされました。
しかし、被上告人が使用する「KOZO」に関する使用料相当額の損害については、
商標法三八条二項は、商標権者は、故意又は過失により自己の商標権を侵害した者に対し、その登録商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる旨を規定する。右規定によれば、商標権者は、損害の発生について主張立証する必要はなく、権利侵害の事実と通常受けるべき金銭の額を主張立証すれば足りるものであるが、侵害者は、損害の発生があり得ないことを抗弁として主張立証して、損害賠償の責めを免れることができるものと解するのが相当である。けだし、商標法三八条二項は、同条一項とともに、不法行為に基づく損害賠償請求において損害に関する被害者の主張立証責任を軽減する趣旨の規定であって、損害の発生していないことが明らかな場合にまで侵害者に損害賠償義務があるとすることは、不法行為法の基本的枠組みを超えるものというほかなく、同条二項の解釈として採り得ないからである。
と述べ、商標法38条2項(現在の3項)の規定の意味を一般不法行為との関係で説明し、条文にはない損害不発生の抗弁というものを確立させました。そして、どのような場合に損害不発生の抗弁が成立するか否かについては、
商標権は、商標の出所識別機能を通じて商標権者の業務上の信用を保護するとともに、商品の流通秩序を維持することにより一般需要者の保護を図ることにその本質があり、特許権や実用新案権等のようにそれ自体が財産的価値を有するものではない。したがって、登録商標に類似する標章を第三者がその製造販売する商品につき商標として使用した場合であっても、当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず、登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきである。
と述べ、商標権の本質が業務上の信用保護であり、特許等とは違いそれ自体で財産的価値を有するものでないから必ずしも使用料相当額の損害が発生するものではないとし、登録商標自体に顧客吸引力が全く認められず、それに類似する標章を使用しても売上に全く寄与していないことが明らかな場合には使用料相当額の損害は発生していないと判示しました。
本判決以後、損害不発生の抗弁がかなりの数の事件で主張され認められた事案もあります。もっとも、日本の商標法は使用主義ではなく登録主義が採られ、使用していることは必須ではなく、原則として登録されている商標については、使用しなくても財産的価値を有するということが前提となっていると思います。訴えられた側は、この原則を覆す必要があり、侵害を免れようとする者の側で、自己の使用標章(KOZO)が売り上げに寄与しているのではなく別の要因(今回のケースでは「小僧寿し」が著名であり、これが顧客吸引している)に起因して顧客を吸引し、これが売り上げに寄与していることなど侵害者側の事情や、登録商標の使用状況、使用地域、使用態様、売上など権利者側の事情をそれぞれ主張立証し、登録商標には顧客吸引力が全くなく、使用標章の使用が第三者の売り上げに寄与していないということを主張立証する必要があります。
あくまで損害不発生の抗弁は例外的な認められるものです。裁判において損害不発生の抗弁を成立させるためには、それを支える事実認定が重要となりますので、最高裁が示した規範を支える事実を一つずつ丁寧に主張そして立証していく必要があります。