平成 26年 (行ケ) 10144号審決取消請求事件(平成27年1月29日知的財産高等裁判所)

事案の概要と争点

 本事件は、破産会社の元従業員が新たに会社(以下、「商標権者」といいます。)を設立し、破産会社が使用していた商標と酷似する商標を取得したのに対して、破産会社から在庫品を購入した会社から異議申立があり、特許庁がその異議申し立てを認めた(4条1項7号違反、10号違反)ことに対して、商標権者がそれを不服として、取消訴訟を提起したという事案。

 私的な紛争でありましたが、特許庁の審決では、4条1項10号に加えて、4条1項7号、すなわち公序良俗違反の異義理由も認定しました。もっとも、裁判所の判決では、4条1項7号には触れず、10号の該当性のみ判断して請求を棄却しました。4条1項7号の判断がなされなかったことについて残念ではあります。4条1項10号で問題となったのは、周知性の喪失についてです。破産会社ですので、事業が停止しており、時間の経過より周知性が失われたか否かが判断されています。

判決内容とコメント

 原告が、破産会社は本件商標の出願前に事業停止し登録査定時においては廃止決定に至っていることから出願時、査定時いずれも周知性は喪失していた、と述べたのに対して、判決では、

 商標法4条1項10号が、「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれと類似する商標であって、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」について、その商標登録を受けることができないとした趣旨は、同号の規定する需要者の間に広く認識されている商標(周知商標)との関係で、商品又は役務の出所の混同の防止を図ろうとするものであると解される。そうすると、周知商標の権利者の事業停止や消滅によって、直ちに商品又は役務の出所の混同のおそれが失われるものではなく、当該権利者の出所を表示するものとして需要者に広く知られ、いまだ周知性が残存している限り、出所混同のおそれは否定できないものであり、同号が規定する周知商標について「使用」を要件としていないことも併せ考慮すると、当該権利者の事業停止や消滅の有無にかかわらず、商標が当該権利者の出所を表示するものとして需要者に広く知られている、すなわち、周知性を有する場合には、これと同一又は類似する商標は、同号によって登録を受けることができないものと解するべきである。

と4条1項10号の立法趣旨を述べ、また、4条1項10号では、「使用」を要件としていないとしたうえで、事業の停止=周知性が喪失したとまでは言えないとしました。また、別の理由として、

周知商標の権利者の事業停止や破産等の法的清算手続の開始によって直ちに周知性が失われるものではないことは、上記清算等の手続が開始された場合であっても、周知商標を含めた営業譲渡等によって、その後も譲受人により当該商標が使用され、周知性が引き継がれる場合があり得ることからも、明らかである。一方、当該権利者の死亡後に承継人が不存在の場合、又は、清算手続終了後に、営業譲渡や商標権の承継がない場合であっても、中古市場において長期間流通する商品や、耐久年数が長く、頻繁にメンテナンスがなされるような商品など、当該権利者の有した周知性が、比較的長く市場に残存する場合があるというべきである。

と事業承継の可能性、中古品流通の可能性等の実質的な観点で考えても、事業停止=周知性の喪失には該当しないと判断しました。そして、

商標の権利者が事業停止あるいは破産等の清算手続に至った場合であっても、当該商標が、商標の権利者を出所とするものであると需要者の間に広く認識されているか否かを個別に検討すれば足りるというべきである。そして、その判断に当たっては、当該商標の権利者の事業停止あるいは破産等の清算手続から、登録出願、登録査定までの時間的経過のみならず、商標の周知性の程度、指定商品・役務の種類、その後の商品流通機会の有無や当該商標が取引者、需要者の目に広く触れるか否か等を、総合的に考慮すべきものである。

と述べ、周知性喪失の基準として、時間的な経過のみならず、商標の周知性の程度、指定商品・役務の種類、その後の商品流通の機会の有無や当該商標が取引者、需要者の目に広く触れるか否か等を総合的に考慮して判断すべきものであるとしました。

商標の周知性は、各商標のそれまでの使用状況によって獲得状況が異なりますし、個別具体的事情によって、喪失に至る状況も異なるものですから、時間の経過だけでなく、様々な要素を下に総合判断するというのは、まっとうな規範かと思います。